オーストラリアに移住して、0歳の娘と生活を始めてから、気づいたことがあります。
それは、「ちゃんとしなきゃ」と思いすぎていたということ。
日本にいた頃は、それが当たり前のように自分の中にありました。
でも、赤ちゃん連れで海外に来てから、少しずつ、その気持ちを手放すようになりました。
日本にいた頃の「ちゃんとしなきゃ」
日本にいた頃の私は、
- 赤ちゃんは静かにさせなきゃ
- 外出するなら迷惑をかけないようにしなきゃ
- 母親として、きちんとしていなきゃ
そんな思いを、無意識のうちに抱えていました。
誰かに直接言われたわけではありません。
それでも、「そうあるべき」「こうしなきゃいけない」という空気の中で、自然と身につけてきた感覚だったように思います。
電車やお店で赤ちゃんが少し声を出すだけで、周りの視線が気になり、「何かまずいことをしてしまったかな?」と不安になることもありました。
今振り返ると、誰かに責められていたというより、自分で自分を厳しく縛っていたのかもしれません。
海外に来て、感じたこと
赤ちゃん連れで海外生活が始まると、その「ちゃんとしなきゃ」は、すぐに通用しなくなりました。
日本の常識が、オーストラリアの常識ではないからです。
赤ちゃんが泣くことも、抱っこしながら買い物をすることも、途中で立ち止まって休むことも、ここでは特別なことではありません。
むしろ、
「She’s so cute.」
「She’s tiny.」
と、赤ちゃんに興味を持って声をかけられることの方が多いのです。
「見られている」の意味が変わった
海外に来てから、人に見られていると感じる場面は、確かにあります。
でもそれは、責めるような視線ではなく、好意的な関心であることがほとんどでした。
「赤ちゃんがいる=大変そう」ではなく、「赤ちゃんがいる=かわいい」「がんばってるね」
そんな空気を感じるようになり、少しずつ受け取り方が変わっていきました。
「見られている=迷惑」
そう思い込んでいたのは、私自身だったのかもしれません。
手放したのは、責任じゃなかった
誤解したくないのは、「ちゃんとしなきゃ」を手放したからといって、責任を放棄したわけではない、ということです。
赤ちゃんを大切に思う気持ちは、何も変わっていません。
ただ、
- 完璧でいようとすること
- 周りの目を気にしすぎること
そこから、少し距離を置いただけでした。
肩の力が抜けて、見えるものが増えた
「ちゃんとしなきゃ」を手放してから、周りを見る余裕が少しできました。
- 赤ちゃんと目が合う瞬間
- 外の空の色
- 声をかけてくれる人のやさしさ
余裕がなかった頃は、きっと見えていなかったものです。
今、同じ気持ちの人へ
もし今、
- ちゃんとしなきゃ、と自分を追い込んでいる
- うまくできない自分を責めている
- 毎日がしんどい
そんな気持ちを抱えている人がいたら、伝えたいです。
ちゃんとしなくても、大丈夫な場所もあります。
全部を手放さなくてもいい。少し緩めるだけでも、毎日は少し楽になります。
赤ちゃん連れで海外に来て、思ったこと
赤ちゃん連れで海外に来たからこそ、気づけたことがありました。
「ちゃんとしなきゃ」は、いつも悪いものではありません。
自分や家族を守るために、必要な場面もたくさんあります。
でもそれが、いつの間にか自分を苦しめるものになっていたら、少し手放してもいいのだと思います。
海外に来て、日本で当たり前だと思っていた基準が通用しなくなったことで、私はようやく「ちゃんとできていない自分」ではなく、「今できることをしている自分」を受け入れられるようになりました。
赤ちゃんが泣いてもいい。
予定通りにいかなくてもいい。
完璧な母より、笑顔の母の方が赤ちゃんにとってもよいことです。
ちゃんと愛情は伝わっている。
そう思えるようになった今の方が、娘と過ごす時間を、前よりも穏やかな気持ちで楽しめている気がします。
もし今、「ちゃんとしなきゃ」に疲れている人がいたら、ほんの少しだけ肩の力を抜いてみてください。
すべてを変えなくてもいい。
ほんの少し緩めるだけでも、見える景色は変わります。
赤ちゃん連れで海外に来て、私はそのことを、身をもって知りました。
今は、そう思っています。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

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